沖伝

いつか子孫が読んでくれたら嬉しい

最古の記憶

覚えている最古の記憶。

聞いて情景を想像したものでなく、自分の肉眼から海馬に保存した最古で最初の記憶は保育園の時だった。

両親は共働きだった。自転車で決まった曜日にどちらかが担当し沖を送り迎えした。

その日は父が担当で保育園からの帰り道のことだった。

いつも通り自転車の後部座席に座った沖は、いつも通りただ座っていれば家に到着する手筈だった。

でもその日だけなぜか回転する後輪に足が届いてしまったらしい。

ホイールが足のかかとをえぐった。

ポタポタと流れ出るほどの出血をしたが、前を向く父親は気付いていなかった。

 


ヘンゼルとグレーテルが来た道の目印にパン屑を落としたように、沖のかかとから落ちる血がアスファルトに来た道の目印を残した。

 


しばらくして気付いた父親が狼狽しながらも病院へ向かった。以上、伝聞。

 


沖の最古の記憶は病院でのシーン。待合室。3人掛けで黒い椅子に座り、ひょうたん型の給食の皿のようなものを持ち、かかとから流れ出る血を受け皿にしているところだ。

そこからどういう処置をしてもらったかは覚えていないが、かかとの縫い跡が今も残っている。

なんの特徴もなく、取ってつけるものでもないシーンを、なぜ鮮明に覚えているのか分からない。

人間は覚えなくてよいことを覚えていて、忘れてはいけないことは忘れていることが往々にしてある。

 


保育園児の沖には未来にむかう無限の道があった。しかしこの経験により目的地が医師への道は取り壊された。

血を見ただけ、もっと言うと血を想像するだけで、口の中に鉄の味が広がり、過剰に唾液が分泌されるようになった。

(このことが無くても多分医師にはなってない。否。なれない。)

 


次回は血に関連して、『妻の出産』について。